Feynmanの経路積分とBrown運動

昔ある教室で量子力学の講義が行われていた。そこでは二重スリット実験の授業が行われていた。

先生「…このようにして最終的な波の状態は二つのスリットから来る波の足し合わせで書くことができます。これが重ね合わせの原理です。」

ある生徒「ドリルで3つめの穴を開けた時はどうなりますか?」

先生「その時はそれぞれの穴から出る3つの波の足し合わせで書くことができます。

ある生徒「ではドリルで4つめの穴を開けた時はどうなりますか?」

先生「その時はそれぞれの穴から出る4つの波の足し合わせで書くことができます。」

ある生徒「ではドリルでもっと多くの穴を開けた時はどうなりますか?」

先生が再三の質問に嫌気が差してきた時、この学生が次の質問をした。

生徒「では穴を開け続けて板をなくしてしまったらどうなりますか?」

教授はこの時、質問の意図に気付く。


この学生こそが、後に20世紀を代表する物理学者となるRichard Feynmanである。Feynmanは上記の考えを基に次のように思考実験を続ける。何枚もの板で始点と終点が遮られている所から、ドリルで穴を次々と開けていく。この時、求める波動関数はそれぞれの穴を通る路から定まる波の足しあわせで計算できるはずである。従って、穴を開け続け板を消し去った時、最終的な波動関数は、それぞれの波動関数を路で足しあげたもの、つまり経路に関する積分で表現できるはずである。これがFeynmanの経路積分の出発点である。

Feynmanの経路積分はそれまで作用素を用いて構築されていた量子力学の世界に新しい視点を与えることに成功し、とても重要な理論である。しかし数学的な形式化は特別な場合を除いてできていないため、今回の日記では量子力学には立ち入らず、Brown運動との関わりを述べるに留める。以降、可測性など細かいことは無視し、経路積分の雰囲気だけ伝えることを目標に話を進める。(さらにBrown運動について基礎的な知識を仮定する。)

(0,1]上の関数全体の集合をE(0,1]とする:  E(0,1]=\mathbb{R}^{(0,1]}。さらに原点出発の経路を考えたいので、便宜上f\in E(0,1]に対しf(0)=0と置くことにする。経路積分において最も重要な対象はE(0,1]上の一様測度\mathcal{D}fである。これは形式的には\mathbb{R}^{\{1/n,2/n,\cdots,1\}}上のルベーグ測度のn\to\inftyに関する極限として定義される。しかし残念なことにE(0,1]には適切な条件を満たす”一様測度”は存在しないことが知られており、従って上の極限測度も形式的なものである。しかしここでは存在を認めてみる。

\mathcal{D}fとBrown運動の関係を述べよう。まずB(t), 0\leq t\leq  1を原点出発のBrown運動とする。次にf\in E(0,1]に対してエネルギーをS(f)=\frac{1}{2}\int^1_0 \left(\frac{df}{ds}\right)^2 dsで定義する。この時次が成り立つ: 任意の集合A\subset E(0,1]について

\mathbb{P}(\{B(s)\}_{0\leq s\leq 1}\in A)=\frac{1}{Z}\displaystyle\int_{A}\exp{(-S(f))}\mathcal{D}f,

ここでZ=\int_{A}\exp{(-S(f))}\mathcal{D}fは正規化定数である。


さてここまで書いては見たものの、\mathcal{D}fが形式的であるため右辺の積分もZも形式的なものである。従って何をもって等号とするかということも問題である。しかし(上に述べた)時間に関する離散化を用いて上記の主張を形式的に証明することができ、それによって主張に意味を持たすことができる。


形式的な証明

まずE(0,1]\mathbb{R}^{\{1/n,2/n,\cdots,1\}}に置き換えた時、S(f)=\frac{1}{2}\int^1_0 \left(\frac{df}{ds}\right)^2 ds

\frac{1}{2}\displaystyle\sum^n_{k=1} \frac{1}{n}\left(\frac{f(k/n)-f(k-1/n)}{1/n}\right)^2=\frac{n}{2}\displaystyle\sum^n_{k=1} \left(f(k/n)-f(k-1/n)\right)^2

で近似するのが自然だと考えられる。

従ってZ_n=\int_{\mathbb{R}^{\{1/n,\cdots,1\}}}\exp{\left(-\frac{n}{2}\displaystyle\sum^n_{k=1} \left(f_{k/n}-f_{(k-1)/n}\right)^2\right)}\prod_{j=1}^n df_{j/n}とすると、

\frac{1}{Z} \exp{(-S(f))}\mathcal{D}f \approx \frac{1}{Z_n} \exp{\left(-\frac{n}{2}\displaystyle\sum^n_{k=1} \left(f_{k/n}-f_{(k-1)/n}\right)^2\right)}\prod_{j=1}^n df_{j/n}.

この時、右辺は原点出発のGaussian random walk (推移確率が標準正規分布で与えられたRandom walk)を時空間についてスケールしたものである。従ってDonskerのInvariance Principleにより、Brown運動に収束する。従って、右辺のn\to\inftyに関する極限はBrown運動に関する測度(Wiener測度)に収束する。


今回は次元1かつ0\leq t\leq 1の場合だけ考えたが一般の場合も同様の(形式的な)証明が働く。実はこの関係式は様々な定理(例えばGirsanov変換やFeynman-Kac定理など)を証明する事に役立つ。